古代大和の道は、東の山側から順に「山の辺の道」、「上つ道」、「中つ道」、平城宮朱雀(すざく)大路の延長である「下つ道」と、四つの平行したルートで国中(くんなか)を南北に結んでいたとされています。「山の辺の道」が山麓を縫うように進んでいるのに対して、「上つ道」、「中つ道」、「下つ道」は直線計画道で6世紀後半から7世紀にかけて整備されました。
このように「上つ道」は「山の辺の道」と混同して書かれていることもありますが別のもので近世の上街道の前身とされています。北は奈良市の奈良坂を起点とし、南は桜井、安倍山田道を経て飛鳥に向かう。また桜井では初瀬街道と交わっており、平安時代以降には初瀬詣に利用されていました。初瀬街道を東に行くと伊勢道につながっています。
徐々に充実させていきますので時々ご訪問ください。歩こ

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